5月18日、光州市で「5.18民主化運動記念式」が行われた。
37周年となる今回の式典には、現役の大統領としては4年ぶりとなる文在寅(ムン・ジェイン)大統領をはじめ、与野党の議員、政府高官が参加した。(ソウル=徐台教)

式典では9年ぶりに「イム(あなた)のための行進曲」が斉唱が復活するなど、
保守政権下とは違った温かい雰囲気で行われたと韓国メディアでは伝えている。

光州市内横断幕
光州市内は5月17日から前夜祭が盛大に行われた。市内に掲げられた横断幕には「ろうそくでつなぐ5月、再び燃え上がる民主主義」とある。5月17日本紙撮影。

式典で演説を行った文大統領は、「1980年5月の光州は今なお生きている現実」とし、「5月の光州の精神で民主主義を守ってきた、光州の市民と全南道民の皆様に格別の尊敬の言葉を送る」と述べた。

また、「光州の痛みを共に分かち合うことができなかったという、とてつもない負債感が民主化運動に臨む勇気をくれ、私を今日この場に立たせるまで成長させてくれた力にななった」と自身との関わりを明かした。

さらに「文在寅政府は光州民主化運動の延長線上に立っている」としながら「5.18民主化運動とろうそく革命の精神を仰ぎ、この地の民主主義を完全に復元し、光州の英霊たちが心安らかに休めるよう成熟した民主主義の花を咲かせる」と宣言した。

演説の最後では「皆が互いに相手を思いやり、互いの痛みに触れ合う大韓民国が新しい大韓民国だ。常識と正義の前に手を差し出す人々が多くなるほど崇高な5.18精神は現実の中で生きていく価値として完成する」と語りかけた。

以下は演説全文。
テキストは青瓦台(大統領府)が配信したものに拠る。
翻訳は筆者。




文在寅大統領 5.18民主化運動37周年記念辞

尊敬する国民の皆さん!

今日、5.18民主化運動37周年を迎え、
5.18記念墓地にとても深い感懐と共に立っています。
37年前、その日の光州は
私たちの現代史でもっとも悲しく痛ましい場面でした。

私はまず、80年5月の光州市民を思い浮かべます。
誰かの家族であり隣人でありました。
平凡な家族であり学生でありました。
彼らは人権と自由を抑圧されない
平凡な日常を守るために命をかけました。

私は大韓民国の大統領として、
光州の英霊たちの前に深く首を垂れ感謝いたします。
5月の光州が残した痛みと傷を抱いたまま
今日を生きておられる遺族と負傷者の皆様にも
深い慰労の言葉を伝えます。

1980年5月の光州は、今なお生きている現実です。
未だ解決されない歴史です。
大韓民国の民主主義はこの悲劇の歴史を踏み台に立ち上がりました。
光州の犠牲があったからこそ私たちの民主主義は
耐えて、再び立ち上がることができました。
私は5月の光州の精神で民主主義を守っていただいた
光州の市民と全南道民の皆様に格別の尊敬の言葉を送ります。

尊敬する国民の皆さん!

5.18は不義の国家権力が
国民の生命と人権を蹂躙したわが現代史の悲劇でした。
しかしこれに立ち向かった市民たちの抗争が
民主主義の里程標を打ち立てました。

真実は長いあいだ隠蔽され続け、歪曲され、弾劾されました。
しかし険しい独裁の暗やみの中でも
国民たちは光州の光をたどって一歩ずつ前に進みました。
光州の真実を伝えることが民主化運動になりました。

釜山で弁護士として活動していた私も同様でした。
私自身も5.18の時に拘束されたことがありましたが
私の受けた苦痛などなんでもありませんでした。
光州の真実は私にとって顔を背けることのできない怒りであり
痛みを共に分かち合うことができなかったという、とてつもない負債感でした。
その負債感が民主化運動に臨む勇気をくれました。
それが私を今日この場に立たせるまで
成長させてくれた力になりました。

5月の光州はまさに
昨冬に全国を灯した偉大なろうそく革命として復活しました。
不義に妥協しない怒りと正義がそこにありました。
国の主人は国民であることを確認する叫びがそこにありました。
国を国らしく作ろうと熾烈な情熱と一つになった心が
そこにありました。

私がこの場であえてお話したいことがあります。
新たに発足した文在寅政府は
光州民主化運動の延長線上に立っています。
1987年6月抗争と国民の政府(金大中政権)、参与政府(盧武鉉政権)の脈を受け継いでいます。
私はこの場で誓います。
新政府は5.18民主化運動とろうそく革命の精神を仰ぎ
この地の民主主義を完全に復元します。
光州の英霊たちが心安らかに休めるよう
成熟した民主主義の花を咲かせます。

依然として私たちの社会の一角には5月の光州を
歪曲し貶める動きがあります。
許されることではありません。
歴史を歪曲し民主主義を否定することです。
我々は多くの人々の犠牲と献身で成し遂げられた
この地の民主主義の歴史に
自負心を持たなければなりません。

新政府は5.18民主化運動の真相を究明するのに
より多くの努力を傾けていきます。
ヘリコプターによる射撃を含め、発砲の真相と責任を
必ず明らかにします。
5.18関連資料の廃棄と歴史の歪曲を防ぎます。
全南道庁の復元については光州市と協議し協力します。

完全な真相究明は決して進歩と保守の問題ではありません。
常識と正義の問題です。
わが国民みなが共に育んでいくべき
民主主義の価値を保存することです。

5.18精神を憲法前文に含めるという私の公約も守ります。
光州精神を憲法に継承する
真の民主共和国時代を開きます
その暁には5.18民主化運動は全ての国民が記憶し学ぶ
自慢の歴史となるでしょう。
5.18精神を憲法前文に含める改憲を完了できるよう
この場を借りて国会の協力と
国民の皆様の同意を丁重に要請します。

尊敬する国民の皆さん!

「イム(あなた)のための行進曲」は単純な歌ではありません。
5月の血と魂が凝縮された象徴です。
5.18民主化運動の精神そのものです。
「あなたのための行進曲」を歌うことは
犠牲者の名誉を守り民主主義の歴史を記憶することです。
今日の「あなたのための行進曲」の斉唱は
その間、傷を負った光州精神を
再び蘇らせることになるでしょう。
今日の斉唱で不必要な議論が終わることを望みます。

尊敬する国民の皆さん!

2年前、珍島の彭木(ペンモク)港に
5.18の母が4.16の母に送る横断幕がかかっていました。
「あなた方の無念は私がよく分かる。頑張って。倒れてはいけない」という
内容でした。
国民の生命を踏みにじる国家と
国民の生命を守ることができない国家を
痛烈に叱る叫びでした。
二度とこのような恨みが繰り返されないようにします。
国民の生命と人間の尊厳を天のように尊重します。
私はそれが国家の存在価値だと信じます。

私は今日
5月の死と光州の痛みを自身のものとし
世の中に知らせようとした多くの人々の犠牲と献身も
共に追悼したいです。

1982年、光州刑務所で光州の真相究明のために
40日間の断食の末に獄死した29歳の全南大生パク・クァンヒョン。
1987年、“光州事態責任者処罰”を叫び焼身自殺した
25歳の労働者ピョ・ジョンドゥ。
1988年、“光州虐殺真相究明”を叫び
明洞聖堂教育館4階から
投身自殺した24歳のソウル大生チョ・ソンマン。
1988年、“光州は生きている”と叫び崇実大の学生会館の屋上で
焼身自殺した25歳の崇実大生パク・レジョン。

数多くの若者が
5月の英霊の魂を慰労し自身を投げ打ちました。
責任者の処罰と真相究明を求めるために命をかけました。
国家が責任を放棄している時に
当然明らかにされ記憶されるべきことのために、自身を捧げました。
真実を明らかにしようとした多くの言論人と知識人たちも
強制的に職を解かれ投獄されました。

私は5月の英霊たちと共に
彼らの犠牲と献身を無駄にせず
これ以上悲しい死と苦難の無い大韓民国に向かっていきます。
誠が嘘に勝つ大韓民国に向かっていきます。

光州市民の皆さんにもお願いします。
光州精神で犠牲になり一生を過ごしてきた
全国の5.18を共に記憶してください。
これ以上、差別と排除、銃剣の傷跡が残した痛みを超えて、光州がまず正義の国民統合の先頭に立ってください。
光州の痛みが痛みにとどまらず、国民みなの傷と葛藤を抱くときに、光州が差し出す手は最もしぶとく強い希望となります。

尊敬する国民の皆さん!

5月の光州の市民が配った「おにぎりと献血」こそ
私たちの自尊の歴史です。
民主主義の真の姿です。
命がかかった極限の状況でも自制心を無くさず
民主主義を守った光州の精神は
そのままろうそくの広場で復活しました。

ろうそくは5.18民主化運動の精神の上に
国民主権時代を拓きました。
国民が大韓民国の主人であることを宣言しました。
文在寅政府は国民の意思を高く仰ぐ政府となることを
光州の英霊の前に誓います。

皆が互いに相手を思いやり、互いの痛みに触れ合う大韓民国が
新しい大韓民国です。
常識と正義の前に手を差し出す人々が多くなるほど
崇高な5.18精神は
現実の中で生きていく価値として完成します。

もう一度、心より5.18英霊の冥福を祈ります。

ありがとうございます。