韓国では日本の植民地支配から解放された8月15日は光復節と呼ばれる。毎年、記念式典が開かれ、大統領が演説するのが常だ。今年は文在寅(ムン・ジェイン)大統領が就任後初めて演説を行った。その内容を全訳する。文面は青瓦台(大統領府)配布のものを参考にした。翻訳は徐台教。

第72周年 光復節 慶祝辞(文在寅大統領)

尊敬する国民の皆さん、
独立有功者と遺家族の皆さん、
海外におられる同胞の皆さん、

ろうそく革命により国民主権の時代が開き
はじめて迎える光復節です。
今日、その意味が格別に深く迫ってきます。

光復節式典写真
この日の式典の副題は「国民の国、正義のかなう大韓民国」。ソウル市内の世宗文化会館で行われた式典には約3000人が参加した。全国から独立有功者本人(子孫)、日本軍慰安婦被害者、強制徴用被害者などが招待された。筆者撮影。

国民主権はこの時代に生きる私たちが初めて使った言葉ではありません。
百年前の1917年7月、独立運動家14人が上海で発表した
「大同団結宣言」は国民主権を独立運動の理念として言明しました。
「庚戌国恥」は国権を喪失した日ではなく
むしろ国民主権が発生した日であると宣言し、
国民主権に立脚する臨時政府樹立を提唱しました。
ついに1919年3月、理念と階級と地域を超越した
全民族的な抗日独立運動を経て、
この宣言は大韓民国臨時政府を樹立する基盤となりました。

国民主権は臨時政府の樹立を通じた大韓民国建国の理念となり、
今日私たちはその精神を継承しています。
そうして国民が主人である国を建てるという先代の念願は
百年という時間をつないで、
ついにろうそくを持った国民の実践になりました。

光復は与えられたものではありませんでした。
三文字の名前まで全てを奪われても
自由と独立の熱望を守り抜いた三千万人が取り返したものです。
民族の自主独立に生涯をささげた先烈達はいうまでもありません。
独立運動のために発つ子供の服を縫った母も、
日帝の目を避け夜学で母国語を教えた先生も、
私たちの伝統を守り懐中の金を寄付した方々も、
すべて光復を作った主人公です。

光復は抗日義兵から光復軍まで
愛国先烈たちの犠牲と献身が流した血の対価でした。
職業も、性別も、年齢の区分もありませんでした。
義烈団員であり、モンゴルの伝染病を根絶させた義士・李泰俊(イ・テジュン)先生、
間島惨変を取材中に行方不明になった東亜日報記者の張徳俊(チャン・ドクチュン)先生、
武装独立団体である軍政署で活躍した独立軍の母・南慈賢(ナム・ジャヒョン)女史、

科学で民族の力を育てようとした科学者・金容瓘(キム・ヨングァン)先生、
独立軍決死隊隊員だった映画監督・羅雲奎(ナ・ウンギュ)先生、
私たちにはとても多くの独立運動家たちがいました。

独立運動の舞台も朝鮮半島だけではありませんでした。
1919年3月1日沿海州と満州、米国とアジア各地でも
声を合わせ大韓独立の掛け声が鳴り響きました。





抗日独立運動のこの全ての輝かしい場面が
去る冬、全国津々浦々で、
そしてわが同胞たちがいる世界各地で、ろうそくとなり蘇りました。
わが国民が高くかかげたろうそくは、独立運動精神の継承です。

偉大な独立運動の精神は
民主化と経済発展として蘇り、今日の大韓民国を作りました。
その過程で犠牲となり汗を流した全ての方々、
その一人ひとり全てが今日のこの国を建てた功労者です。

今日わたしは、独立有功者と遺家族の皆さん、
そしてそれぞれの抗日で暗黒の時代を乗り越えた全ての方々に、
また、ろうそくで新時代を拓いてくれた国民の皆さんに
再度、深い尊敬と感謝の言葉を捧げます。

さらに私は今日、私たちが記念するこの日が
民族と国家を襲った困難と危機に立ち向かう
勇気と知恵を思い返す日になることを希望します。

尊敬する独立有功者の遺家族の皆さん、

慶尚北道安東に「臨清閣」という由緒ある家があります。
臨清閣は日帝による強制占領期に全財産を処分し満州へと亡命し
新興武官学校を建て、武装独立運動の土台を作った
石洲・李相龍(イ・サンリョン)先生の本家です。
9人もの独立闘士を輩出した独立運動の産室であり、
韓国のノブレス・オブリージュを象徴する空間です。
彼に対する報復で日帝はその家を貫通するように鐡道を敷きました。
99の部屋を持つ大邸宅であった臨清閣は
今も半分になったままの姿です。
李相龍先生の孫息子、孫娘は
解放後の韓国では孤児院で暮らしもしました。
臨清閣の姿がまさしく、私たちが振り返るべき大韓民国の現実です。
日帝と親日の残滓をきちんと清算できずに
民族の精気を正せませんでした。

独立有功者に褒賞を授与する文大統領
韓国の青瓦台によると、この日新たに128人の独立有功者が表彰された。代表として5人に対し、文大統領自ら褒賞を授与した。筆者撮影。

歴史を失うことは根を失うことです。
独立運動家たちをこれ以上忘れられた英雄として残してはなりません。
名誉だけの報勲にとどまってもいけません。

独立運動をすると三代が滅びるという言葉が無くならなければなりません。
親日附逆者と独立運動家の立場が
解放後にも変わらなかったという経験が
不義との妥協を正当化する歪曲した価値観を作りました。

独立運動家を支える国家の姿勢を
完全に新しくします。
最高の尊敬と礼儀で報います。
独立運動家を三代まで礼遇し
子女と孫全員の生活の安定を支援し
国家に献身すると三代まで報われるという認識に変えます。

独立運動の功績を後代が記憶するために
臨時政府記念館を建立します。
臨清閣のように独立運動を記憶できる遺跡は
すべて探し出します。
忘れられた独立運動家を最後まで発掘し
海外の独立運動の遺跡を保全します。

今回の機会に政府は
大韓民国の報勲の基準を完全に新しくします。
大韓民国は国家の名前を守り、国家を取り返し、
国家の呼びかけに精一杯応答した方々の犠牲と献身の上に立っています。
その犠牲と献身にきちんと報いる国を作ります。

若き日を国家に捧げ、今は高齢となった
独立有功者と参戦有功者に対する礼遇を強化します。
生きておられる間、独立有功者と参戦有功者の治療を
国家が責任を持ちます。
参戦名誉手当も引き上げます。

有功者のお年寄りの最後の一人まで
大韓民国の懐が温かく栄光に満ちていたと感じられるようにします。
殉職した軍人と警察、消防公務員の遺家族に対する支援も
拡大します。
それが私たちすべての自尊心になると信じます。

報勲で大韓民国のあるべき姿を明確に確立します。
愛国の出発点が報勲になるようにします。





尊敬する国民の皆さん、

過去の歴史で国家が国民を守ることができず
国民が甘受しなければなかった苦痛に向き合わなければなりません。

光復70年が経つ今も
日帝強占期の強制動員の苦痛が続いています。
その間、強制動員の実像が部分的に明らかになりましたが
未だその被害の規模がすべて明らかになっていはいません。
明らかになった事実はそのまま解決へと向かい
足りない部分は政府と民間が協力し、最後まで解決しなければなりません。
今後、南北関係が良い方向に進めば
南北が共同で強制動員の被害の実態調査をすることも検討できるでしょう。

解放後にも帰ってこられなかった同胞が多くいます。
在日同胞の場合、国籍を問わず
人道主義の次元から故郷訪問を正常化します。
今もシベリアとサハリンなどあちこちに
強制移住と動員が残した傷が残っています。
その方たちとも同胞の情を一緒に分け合います。

尊敬する国民の皆さん、
独立有功者と遺家族の皆さん、
海外同胞の皆さん、

今日、光復節を迎え
朝鮮半島を取り巻いて続く軍事的な緊張の高まりが
私たちの心を重くしています。

分断は冷戦の狭間で
我々の力で自身の運命を決めることができなかった
植民地時代が残した不幸な遺産です。
しかし今や私たちは自ら我が運命を決められるほどに
国力が増大しました。
朝鮮半島の平和も、分断克服も、
私たちが私たちの力で作り出さなければなりません。

今日、朝鮮半島の時代的な使命は、平和しかありません。
朝鮮半島の平和定着を通じた分断の克服こそが
光復を真に完成する道です。

平和はまた、差し当たっては私たちの生存戦略です。
安全保障も、経済も、成長も、繁栄も
平和無くしては未来を担保できません。
平和は私たちだけの問題ではありません。
朝鮮半島に平和が無ければ東北アジアに平和が無く、
東北アジアに平和が無ければ世界の平和が壊れます。
今世界は恐怖の中でその明白な真実を目撃しています。
今や私たちが進むべき道は明白です。
全世界と共に
朝鮮半島と東北アジアの平和体制を構築するための大長征を始めることです。

愛国歌を歌う光復節会場
韓国国歌「愛国歌」も斉唱された。この日は、光復軍が歌ったとされる現在のリズムとは異なる愛国歌の独唱があった。その後、現在の愛国歌が4番までのフルバージョンで謳われた。筆者撮影。

いま差し迫っている最も大きな挑戦は、北朝鮮の核とミサイルです。
政府は現在の安保状況をとても厳重に認識しています。
政府は強固な米韓同盟を基盤に
米国と緊密に協力しながら安保危機を打開していきます。
しかし私たちの安全保障を同盟国だけに依存する訳にはいきません。
朝鮮半島の問題は、私たちが主導的に解決しなければなりません。

政府の原則は確固としています。
大韓民国の国益が最優先で正義です。
朝鮮半島で再び戦争が起きてはいけません。
朝鮮半島での軍事行動は大韓民国だけが決めることができ、
誰も大韓民国の同意なく
軍事行動を決定できません。
政府はすべてを賭けて戦争だけは防ぎます。
どんな紆余曲折を経ようとも北朝鮮の核問題は
必ず平和的に解決しなければなりません。
この点で私たちと米国政府の立場に違いはありません。

政府は国際社会で平和的な解決の原則がぶれないように
外交的な努力をひと際強めていきます。
国防力が支えとなる強固な平和のために
わが軍をより強く、より信頼できるよう革新し
強い防衛力を構築します。
一方で、南北間の軍事的な緊張が状況をより悪化させないように
軍事的な対話の扉も開いておきます。

北朝鮮に対する制裁と対話は前後の問題ではありません。
北朝鮮の核問題の歴史は、制裁と対話が共に進む時に
問題解決の端緒が開くことを語っています。

北朝鮮がミサイル発射試験を猶予したり、核実験の中断を明らかにした時期は
例外なく南北の関係が良い時期であった点を記憶するべきです。
そういう時は、米朝、日朝間での対話も促進され、
東北アジアの多者外交も活発でした。
私が事あるごとに
朝鮮半島問題の主人は私たちだと言ってきた理由もここにあります。





北朝鮮の核問題の解決は、核の凍結から始まらなければなりません。
少なくとも北朝鮮が追加の核とミサイルによる挑発を中断してこそ
対話の要件が整います。
北朝鮮に対する強い制裁と圧迫の目的も
北朝鮮を対話に引き出すためのものであり
軍事的な緊張を高めるためではありません。
この点でも私たちと米国政府の立場は変わりません。

北朝鮮当局に促します。
国際的な協力と共生なくして経済発展を成し遂げるのは不可能です。
このまま進むならば北朝鮮には国際的な孤立と暗い未来があるだけです。
数多くの住民たちの生存と、朝鮮半島全体を苦難に陥らせることになります。
私たちもやはり望まないにしても
北朝鮮に対する制裁と圧迫をより高めていかざるを得ません。
即時、挑発を中断し、対話の場に出てきて
核が無くとも北朝鮮の安全保障を心配しなくてもよい状況を作らなければなりません。
私たちが支援し、作っていきます。
米国と周辺国も助けてくれます。

もう一度明らかにします。
私たちは北朝鮮の崩壊を望みません。
吸収統一を推進せずに
人為的な統一を追求することもしません。
統一は民族共同体のすべての構成員たちが合意する
「平和的、民主的」な方式で成し遂げられなければなりません。
北朝鮮が既存の南北合意の相互履行を約束するならば、
私たちは政府が変わっても北朝鮮政策が変わらないように、
国会の議決を経て、その合意を制度化します。

私は以前から「朝鮮半島の新経済地図」構想を明らかにしてきました。
南北間の経済協力と東北アジアの経済協力は
南北共同の繁栄をもたらし、軍事的な対立を緩和するでしょう。
経済協力の過程で北朝鮮は
核兵器を持たずとも自身の安全が保障されるという事実を
自然に悟ることになるでしょう。

簡単なことから始めることを、もう一度北朝鮮に提案します。
離散家族問題のような人道的な協力を一日も早く再開しなければなりません。
この方たちの「恨(ハン)」を晴らすための時間はいくらも残っていません。
離散家族再会と故郷訪問、お墓参りに対する早期の呼応を促します。

来たる平昌冬季オリンピックも
南北が平和の道に一歩進める良い機会です。
平昌オリンピックを平和オリンピックとしなければなりません。
南北対話の機会にし、朝鮮半島平和の土台を作らなければなりません。
東北アジア地域で続けて開催される
2018年平昌冬季オリンピック、2020年の東京夏季オリンピック、
2022年の北京冬季オリンピックは
朝鮮半島と共に東北アジアの平和と経済協力を促進することができる
絶好の機会です。
私は東北アジアのすべての指導者たちに
この機会を生かすために共に語らうことを提案します。
特に韓国と中国、日本は地域内の安全保障と経済協力を制度化しながら
共同の責任を分け合う努力を共にしていかなければなりません。
国民の皆さんも想いを共にしてくれることを願います。

光復節で演説する文在寅大統領
演説する文在寅大統領。終始真剣な表情で声のトーンも抑え気味に30分間の演説を行った。式典の参加者は頻繁に拍手を送った。韓国メディアによると39回もの拍手があったとのこと。筆者撮影。

尊敬する国民の皆さん、

毎年、光復節になると私たちは
日韓関係を振り返らずにはいられません。
日韓関係はもはや両者関係を超え
東北アジアの平和と繁栄のために
共に協力する関係に発展していかなければなりません。
過去の歴史と歴史問題が
日韓関係の未来志向的な発展の足を持続的に引っ張り続けることは
望ましくありません。

政府は新しい日韓関係の発展のために
シャトル外交を含む多様な交流を拡大していきます。
差し迫った北朝鮮の核とミサイルの脅威に対する共同対応のためにも
両国間の協力を強化せずにはいられません。
しかし、私たちが日韓関係の未来を重要視するからと
歴史問題に蓋をする訳にはいきません。
むしろ歴史問題をきちんとまとめる時に
両国間の信頼がより深まるでしょう。

その間、日本の多くの政治家と知識人が
両国間の過去と日本の責任を直視しようという努力をしてきました。
その努力が日韓関係の未来志向的な発展に寄与してきました。
こうした歴史認識が日本の国内政治の状況によって
変わらないようにしなければなりません。
日韓関係の障害物は過去の歴史それ自体ではなく
歴史問題に対する日本政府の認識の浮沈にあるからです。

日本軍慰安婦と、強制徴用など日韓の間での歴史問題の解決には
人類の普遍的な価値と国民的な合意に基づく
被害者の名誉回復と保障、真実の糾明と再発防止の約束という
国際社会の原則があります。
わが政府はこの原則を必ず守っていきます。
日本の指導者たちの勇気ある姿勢が必要です。

尊敬する国民の皆さん、
独立有功者と遺家族の皆さん、
海外同胞の皆さん、

2年後の2019年は
大韓民国の建国と、臨時政府樹立100周年となる年です。
来年の8.15は政府樹立70周年でもあります。

私たちにとって真の光復は
外勢により分断された民族が一つになる道に進んで行くことです。
私たちにとって真の報勲は、
先烈たちが建国の理念とした国民主権を実現し
国民が主人である国を作ることです。





今から準備をしましょう。
その過程で、治癒と和解、統合を通じ
過去一世紀の歴史を決算することも可能です。

国民主権の巨大な流れの前で保守、進歩の区分が無意味だったように
私たちの近現代史で産業化と民主化を勢力で分けることも
これからは乗り越えなくてはなりません。

私たちは誰もが歴史の遺産の中で生きています。
全ての歴史には光と影がつきもので、
この点で個人の生活の中に入り込んだ時代を
産業化と民主化に分けることは、可能でもない上に意味のないことです。
大韓民国19代大統領の文在寅もやはり
金大中、盧武鉉だけでなく李承晩、朴正煕と続く
韓国の全ての大統領の歴史の中にいます。

私はわが社会の治癒と和合、統合を望む想いで
去る顕忠日の追悼辞で愛国の価値をお話したことがあります。
これからは過去100年の歴史を決算し、新たな100年のために
共同体の価値を再び定立することを始めなければなりません。
政府の新しい政策基調もここに向いています。
保守や進歩、または政派の視点を超えて
新しい100年の準備に皆さんが一緒に参加してくださることを願ってやみません。

尊敬する国民の皆さん、

今日、私たち皆で一緒に宣言しましょう。
私たちの前に数多くの挑戦が押し寄せていますが
新しい変化に適応して乗り越えていくことは
わが大韓民国の国民が世界で最高だと堂々と叫びましょう。
大胆に、自信を持って新しい挑戦を受け入れましょう。
いつもそうだったように、大韓民国の名前で一つになり、勝ち抜いていきましょう。
国民の国、正義の大韓民国を完成させましょう。
もう一度、私たちの底力を確認しましょう。

国家のために自身の全てを捧げた独立有功者たちに
深い尊敬の心情を贈ります。
今後も末永くご健康であることを願います。
ありがとうございます。

光復節式典写真
独立を願う歌「その日が来れば」の合唱に合わせ韓国の国旗「太極旗」を振る参加者たち。筆者撮影。

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